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「青葉画荘」での展示とワークショップ@仙台


BankARTのすぐ後だったし、まだなんにもできてない時。
仙台「卸町アートフェスタ2010」に向けて、顧問・会田誠氏が壮大なダンボールの共同制作「MONUMENT FOR NOTHINGⅡ」のために長期滞在制作をしていた時期。
フェスタの関連で、仙台の世界堂のような、おっきな画材屋さん「青葉画荘」の施設内にあるギャラリースペースで劇団☆死期もなにか展示かワークショップをやりませんかと誘っていただきました。

内容は、カメラテストの映像のスクリーニングに加え、アートフェスの期間、現地に2日ほど滞在し、それまで出来てきた人形の展示。
人形に息を吹き込むべく、来場者に人形のキメ台詞等を考えていただいてフキダシで喋ってるみたいに掲示して行ったり。
また「ふぉーちゅーんずシナリオメーカー」っていう<いつ、どこで、だれが、なにをした>ゲーム方式でチャンスオペレーション的にシナリオを作るワークショップをしたり。
お客様に人形のデザイン画を描いてもらったりとか。
これまた手探り状態のワークショップ。
「ふぉーちゅーんずシナリオメーカー」で出来たシュールな起承転結ストーリーは、今でも人形劇のシナリオにおこしたいなと考えているけど、まだ実現できていません。

仙台のお客様は思っていた以上に明るくて優しい方々が多くて、ほっこりしました。
会田誠さんの「MONUMENT FOR NOTHINGⅡ」のワークショップも、参加者の学生さんや運営してくださったT氏、他関係者皆様が存分にお付き合いくださって、すごく充実したオブジェが出来上がっていました。

その約4ヶ月後に仙台に地震と津波が襲いかかるとは夢にも思わなかった。
震災後、本当に困難の最中にいらっしゃる、運営をしていらしたTさんと何度かメールをやり取りさせていただいたのだが、「こんな時だからこそ、いつかまたフェスティバルをしたいと思っている」と書かれていたのが印象的で。
青葉画荘もひどく被害にあっていたのだが、きっとそこに良く通っていらした現地の表現者の方で、津波で避難されていた方が「画材が欲しい、絵を描きたい」とおっしゃっていたという話も聞かせていただいた。
人とアートの繋がりについても、色々と考えさせられる出来事となった仙台の思い出です。


仙台青葉画山荘ギャラリーでの活動風景(2010年)多くの方々がワークショップに参加してくださり感謝。団員の寅次郎君(写真右)の、前のめりな勧誘が効いたのかもしれない・・。「ふぉーちゅーんシナリオメーカー」(2010年)作文ゲーム(いつ・どこで・だれが・どうして・どうした)をカードに書き入れ、集まったところでシャッフル!出来た文章を、いつしか人形劇にしてしまおうという企画。
仙台青葉画山荘ギャラリーでの活動風景(2010年)多くの方々がワークショップに参加してくださり感謝。団員の寅次郎君(写真右)の、前のめりな勧誘が効いたのかもしれない・・。「ふぉーちゅーんシナリオメーカー」(2010年)作文ゲーム(いつ・どこで・だれが・どうして・どうした)をカードに書き入れ、集まったところでシャッフル!出来た文章を、いつしか人形劇にしてしまおうという企画。